東京オリンピックでは一足早くソフトボールの試合が始まっていますね。
そのソフトボール選手の中で、上野選手の次に話題になっている後藤希友選手!
上野選手は39歳、後藤希友選手は上野選手の半分の年齢の20歳です。
そしてチーム最年少!
もうワクワクが止まらないです。
こんなすごい選手、いったいどこの高校出身なんでしょうね。
おまけに、高校生で日本代表になっていると言います。
今回は、後藤希友選手の出身高校、日本代表などの経歴をまとめていきましょう。
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後藤希友のプロフィール
それでは、後藤希友選手のプロフィールから見ていきましょう。
後藤選手の身長、女の子にしては大きいですね。
子供の時から、両親がいろいろなスポーツを経験させてくれていたそうです。
水泳、バスケットボール、テニス、スノーボード、スキーなどなど。
小学校4年からはソフトボールも始めています。
ちなみに、スポーツではないですが、後藤選手、年少から小6までピアノも習っていたとか。
今も気分転換に弾くほどです。
余談になりました。
後藤選手は、小学生の頃から身長が高かったようで、「自分にはバスケットボールの方が自分に合っている」と思っていたと言います。
家族は、父、母、兄との4人家族です。
父親と母親の名前などはわかりませんでしたが、兄の名前が「祐友(ゆう)」さんということは分かりました。
後藤希友の出身小学校はどこ?
後藤選手は名古屋市出身なのですが、通っていた小学校がわかっています。
その小学校が、名古屋市熱田区にある名古屋市立野立小学校です。
熱田区と言えば、熱田神宮が有名です。
幼い時から両親がたくさんのスポーツに触れあう機会を与えてくれていましたが、小学校の時にソフトボールに出会いました。
もともと自宅近くに、中日ドラゴンズの二軍の練習場があったことで、野球に興味を持っていたそうです。
そこで、女の子でもできて野球に似たスポーツとして選んだのが、ソフトボールでした。
小学校で入ったソフトボールですが、先生からは、
「ピッチャーとキャッチャー、どっちをやりたい?」
と聞かれてピッチャーを選んでいます。
どっちをやりたいか聞いた先生の考えは、後藤選手が身体が大きかったことから。
後藤選手がピッチャーを選んだ理由は、
「先輩のピッチャーがカッコ良かったから」だそう。
後藤希友の出身中学は?
小学校時代にソフトボールに出会った後藤選手、中学は地元の名古屋市立日比野中学校。
中学校入学時には、身長が高いこともあり、バスケットボール部の先生から入部を勧められたようですが、ソフトボールに入部をしました。
ソフトボールにしたのには理由がありました。
小学生時代にピッチャー講習会でお世話になっていたソフトボール部の監督から勧誘を受けて、入部を決めた。
また、小学校時代に仲が良かった先輩たちがいたのも決め手だった。
引用元:BBM-Sports
中学でのソフトボールの経歴は?
この中学校に入った1年生の時は、東海大会3位になっていたそうですが、その後、部員不足で県大会止まりに。
後藤選手のモチベーションも下がっていたようですが、中学2年の11月に、全国女子ジュニア育成中央研修会で台湾遠征メンバーに選出されました。
その後の3月には、愛知県の選抜メンバーとして都道府県対校全日本中学生大会で優勝しています。
当時の自己最速は103キロを記録したそうです。
そして、中学3年生の時、TAP-B日本代表に選出され、2016年2月にオーストラリアで開催された国際大会に参加しています。
「TAP-B」というのは、今後重点的に強化を行なっていくべき選手たちで編成されたチームです。
後藤希友の出身高校は?
後藤選手は、中学卒業後進学した高校は、ソフトボール強豪校の東海学園高等学校です。
東海学園高等学校は、愛知県名古屋市天白区にある私立の高校です。
この高校の出身で有名な方は、元フィギュアスケートの伊藤みどりさん、浅田舞さん、プロサッカー選手の梶山幹太選手(名古屋グランパス)、深掘隼平選手(名古屋グランパス)などの方がいます。
後藤選手が東海学園高等学校に入学し、1年生ながら、夏の大会からピッチャーとして、マウンドに立ちましたが、成績は振るわず。
2年生の春大会でも、3回戦負け。
なかなか上手くはいかないものですね。
高校2年生で日本代表強化選手へ
2年生の11月に、ようやく全国大会へ行くことができ、同じころに、女子日本代表の強化指定選手になりました。
この強化選手に選ばれたことで、後藤選手は急成長をしたそうです。
合宿終了後、望月監督はあまりの成長ぶりに目を丸くしたと言います。
・ビックリするほど成長しました。
・制球が安定した
・トレーニングにも積極に取り組んでいる
・全日本で学んできたことを下級生に伝えている
・最上級生としての自覚も出た
引用元:BBM-Sports
後藤選手の急成長は、実はピッチングだけでなかったようです。
2年生まではピッチャー中心で活躍していたのですが、合宿後から打撃も成長していたと望月監督が話していました。
打球の飛距離がまるで野球のようだというのです。
https://www.youtube.com/watch?v=1ejvzjPGkKk
普通高校生のソフトボールのフェンスは、62mになっているのですが、後藤選手の打球の飛距離は、なんと75m!
監督は、「二刀流!」というほど。
まさに今話題の大谷選手のようです。
そのお話しはこの動画で話されていました。
この当時の球速は110キロに達していたと言います。
現在はMax113キロ。
握力が左右共に47キロあったと言うので快速球の源は握力だったのでしょうか?
後藤希友の現在の所属は?
後藤選手は高校卒業後、トヨタ自動車レッドテリアーズに所属しています。
このレッドテリアーズの仲間の中には、米国のエースのモニカ・アボット選手がいます。
オリンピックでは対戦相手になりますが、チームの中では
試合に臨むための気持ちの作り方、切り替え方を学んだ
と言います。
モニカには、気持ちの部分で教えてもらうことが多い。
自分は気持ちを引きずってしまうことがある。
例えば、ホームランを打たれた時に落ち込んでしまったり。
そんな時にモニカは、切り替えることの大事さを話してくれる。
引用元:Tarzan
オリンピックの予選で、上野選手降板後、勝利を導いたピッチングはこの気持ちも大きかったのではないでしょうか。
まとめ
後藤希友選手は、中学・高校と苦しみながらも成長をしてきて、オリンピックの代表になっています。
若干20歳ながらの落ち着きも、レッドテリアーズでのチームメイト、モニカのアドバイスから学んだのかもしれませんね。
今後、上野選手の次を担う希望の選手になっていくのでは、とワクワクしています。